「ごめん」と「ありがとう」の心理学|人間関係が楽になる言葉の使い方
パートナーや家族、職場の人に
「ごめん」と「ありがとう」をどれくらい言えばいいのか分からないと感じることがあるかもしれません。
謝りすぎてしまう。
感謝を伝えたいのに、うまく言葉が出てこない。
その小さなモヤモヤが、人間関係の息苦しさにつながることもあるでしょう。
この記事では、「ごめん」と「ありがとう」を
単なるマナーではなく
心と脳に働きかける「心理的なスイッチ」として整理していきます。
この記事で分かること
- 「ごめん」と「ありがとう」が心に与える心理的な役割
- 謝りすぎる人・感謝を言えない人に共通する心のパターン
- 伝わる「ごめん」と、関係が楽になる「ありがとう」の言い方のコツ
- 一言を変えるだけで、人間関係の距離感がどう変わるのか
- 今日から試せる、小さな言い換えとセルフケアのポイント
「ごめん」と「ありがとう」がうまく言えないとき、心の中で何が起きているのか

謝りたい気持ちはあるのに、「ごめん」って言おうとすると喉につかえることがあります。

「ありがとう」も、思ってるのに言葉にすると気恥ずかしくて飲み込んじゃうんだよね。
一文字ずつはとても簡単な言葉。
それなのに、いざ口に出そうとするとためらいが生まれる。
その背景には、性格の良し悪しだけではない
「心のブレーキ」と「期待」と「感情のズレ」が重なっていると考えられるでしょう。

素直に言えないときに働いている心のブレーキ
「ごめん」と言うことは、自分の非を認める行為。
「自分が悪かった」と受け入れることにつながる。
だからこそ、プライドが強く反応することがある。
負けたように感じる。
一方的に責められている気がする。
そう感じると、口が固く閉じてしまいやすい。
「本当は自分だけが悪いわけじゃない」という思いも出てくる。
相手だって良くなかった。
状況も悪かった。
そういった気持ちが混ざると、「ごめん」と言うのが不公平に思えてくる。
「ありがとう」も同じように、心のブレーキがかかることがある。
感謝を伝えることは、相手の存在や行動を認めること。
ときには、自分が相手に頼っている事実を認めることにもつながる。
頼っている自分を見せるのが怖い。
借りを作ったように感じる。
素直に甘えるのが照れくさい。
こうした感情が重なると、「ありがとう」を飲み込んでしまいやすいでしょう。
どちらの言葉も、本来は関係をやわらかくする力を持っている。
ただ、その前に「自分を守ろう」とする心の動きが強くなると、ブレーキの方が勝ってしまう。
「言わなくても分かってほしい」と思ってしまう心理
長く一緒にいる相手ほど
「このくらい言わなくても分かるはず」と思いやすくなる。
毎日の生活パターンを知っている。
好き嫌いや考え方もある程度分かっている。
そう感じるほど、「察してほしい」という期待が高まりやすい。
「謝りたいと思っていることくらい伝わっているはず」。
「感謝しているのは分かってくれているはず」。
そんな前提が強くなると、わざわざ口に出す必要がないように感じてしまう。
けれど、相手の心の中までは見えない。
表情や態度から何となく空気は伝わっても、具体的な気持ちはぼやけたままになる。
その結果
「謝ってくれない」
「感謝されていない気がする」
という受け取り方になりやすい。
言葉を省略した側は
「分かってくれない」と感じて傷つく。
言葉を受け取れなかった側も
「大事にされていない」と感じて傷つく。
どちらも悪気はない。
ただ、「言わなくても伝わるはず」という期待がすれ違いを大きくしてしまう。
言葉が詰まるとき、頭と心で起きているズレ
「ここは謝った方がいい」
「いま感謝を伝えるタイミングだ」
頭ではそう理解している場面がある。
それでも、胸のあたりがざわついたり
喉のあたりがきゅっと固くなったりする。
このとき、頭と心は別々の速度で動いていると考えられる。
頭の中では、状況を論理的に整理している。
自分にも非がある。
相手も頑張ってくれている。
言葉をかけた方が関係は良くなる。
一方で、心の中では別の感情が動いている。
まだ納得できていない怒り。
悔しさや寂しさ。
本当は分かってもらえなかった悲しさ。
その感情が整理されていないとき、「ごめん」や「ありがとう」は
本心にフタをしてしまう言葉のように感じられることがある。
「謝ったら、自分の気持ちがなかったことになりそう」。
「ありがとうと言ったら、今までの不満がチャラにされそう」。
そうした不安があると、言葉が喉で止まりやすい。
言えない自分を責める前に
「頭と心のスピードがまだそろっていないだけ」
と捉え直してみると、少し呼吸がしやすくなる。
そのうえで
今はまだ言えない自分を知ること。
いつなら言えそうかを、ゆっくり探していくこと。
それが、「ごめん」と「ありがとう」との距離を少しずつ縮める最初のステップになっていくでしょう。
「ごめん」が持つ心理的な力と、言い方を誤ったときのリスク
研究員メモ

「ごめん」は、自分と相手の境界線を整える働きもあれば、使い方によっては自分を過小評価させるきっかけにもなります。
「ごめん」は、たった三文字の短い言葉。
けれど、関係に与える影響は小さくありません。
適切に伝われば、安心感や信頼を回復させる助けになる。
一方で、乱発したり、まったく言わなかったりすると、心のバランスを崩す要因にもなります。
ここでは、「ちょうどいい『ごめん』」を考えるための視点を整理していきましょう。
適切な「ごめん」が関係に与える安心感
自分の非や配慮不足を認める「ごめん」は、相手の緊張をゆるめる役割を持つ。
責められている側は
「こちらの気持ちを分かってもらえた」
「自分の感じたモヤモヤが、なかったことにされていない」
と感じやすくなります。
その結果、相手の防衛心が少し下がる。
攻撃的な言葉や責める姿勢が弱まり、対話に戻りやすくなる。
また、「ごめん」を伝える側にとっても
「自分の行動を一度見直す」
「やり直しのスタートラインに立つ」
という意味を持ちます。
完璧な謝罪である必要はありません。
「さっきの言い方はきつかったかもしれない、ごめん」
「配慮が足りなかった、ごめんね」
このような一言があるだけで、関係全体に流れる空気がやわらぐでしょう。
「とりあえず謝る」が自分をすり減らす理由
一方で、何かあるたびに反射的に「ごめん」を口にする習慣もあります。
自分はそこまで悪くない状況でも、とりあえず謝ってしまう。
相手が不機嫌そうに見えると、自分のせいだと感じてしまう。
このパターンが続くと、心の中で次のようなメッセージが繰り返されます。
「いつも悪いのは自分」
「迷惑をかけてばかり」
「自分の意見より、相手の機嫌を優先しないといけない」
こうした自己イメージが積み重なると、自己肯定感が少しずつ下がっていく。
本当は対等でいてよい場面でも、自分を小さく扱うことが当たり前になってしまいます。
さらに、「とりあえず謝る」は、相手にとっても混乱を生むことがある。
何でもすぐ謝られると、相手は「何が問題だったのか」が分かりにくくなる。
本当に話し合うべきポイントが、曖昧なまま流れてしまうこともあります。
大切なのは、何もかも自分のせいと決めつけて謝るのではなく
「ここは自分にも至らないところがあった」
と感じた部分に、言葉を合わせていくことです。
「ごめん」を言わない・言えないときに起きるすれ違い
逆に、「ごめん」をほとんど口にしないパターンもあります。
悪意があるわけではない。
自分にも言い分がある。
相手だけを責めるのは不公平だと感じる。
その感覚自体は自然なものです。
ただ、「一度も非を認めない」という形になると、相手の受け取り方は変わっていく。
「傷ついた気持ちが軽く扱われている」
「何を言っても分かってもらえない」
「自分だけが我慢している」
このような感覚が積み重なると、不信感や怒りが強まる。
表面的には普通に会話していても、心の奥では距離が広がりやすくなります。
「ごめん」がまったくない関係では、相手もやがて諦めのモードに入る。
話しても無駄だと感じて、感情を閉じてしまうでしょう。
言いすぎても、言わなさすぎても、どちらも負担が大きくなる。
だからこそ、自分の中で
「この部分は自分の責任だと感じる」
「この部分は状況や相手との兼ね合いもある」
と切り分けていくことが大切になります。
そのうえで
必要なところではきちんと「ごめん」と伝える。
必要以上に自分を責めないラインも守る。
そのバランスが、「ごめん」を自分と相手の両方を守る言葉として機能させる土台になるでしょう。
「ありがとう」が心と関係をあたためるメカニズム

同じ出来事でも、「ごめん」より「ありがとう」が増えたときに、空気が柔らかくなる感覚があります。
「ありがとう」は、とても短い言葉です。
それでも、自分の心の向きや、人との関係の温度を少しずつ変えていく力を持っています。
してもらったことを「当たり前」と流すのか。
「わざわざしてくれたこと」として受け取るのか。
その違いが、日常の見え方や、相手との距離感に影響しやすくなります。
ここでは、「ありがとう」が自分と相手の両方にどんな働きをしているのかを整理していきましょう。
「ありがとう」が自分の気持ちを整える理由
「ありがとう」を口にするとき、心の中で一度
「相手がしてくれたことは何だったか」
「どんな点が助かったのか」
を振り返ることになります。
この小さな振り返りが、自分の注意を
「足りないもの」
「うまくいかなかった点」
だけから離しやすくしてくれます。
忙しいときや疲れているときは、不満や不安に目が向きやすくなりがちです。
そんな中で、あえて「ありがとう」を探す行為は、意識の向きを少し調整する動きになります。
- 相手の段取りに助けられたこと
- 自分のミスをフォローしてもらえたこと
- 何気ない一言で気持ちが軽くなったこと
こうした点に言葉を向けることで、
「自分は一人で全部を抱えているわけではない」
という感覚も思い出しやすくなるでしょう。
その積み重ねが、心の中に少しずつ余裕をつくる助けになります。
相手の「してくれたこと」を言葉にする効用
「ありがとう」は、相手の行動や気配りに「気づいている」というサインにもなります。
例えば、次のような一言です。
「さっきフォローしてくれてありがとう。」
「忙しいのに時間を割いてくれて助かった。」
「気にかけてくれてうれしかった。」
ここで伝えているのは
行動そのものだけではなく
「自分のためにエネルギーを使ってくれた」という事実です。
その事実を言葉にしてもらえると、相手は
「自分のしたことに意味があった」
「役に立てた」
という手応えを持ちやすくなります。
この感覚は、自尊感情や「この関係を大切にしたい」という気持ちにもつながりやすくなります。
また、「ありがとう」が増える関係では、相手も自然と配慮や協力を返しやすくなります。
一度の「ありがとう」で劇的に変わるというより、
小さな感謝が何度も積み重なり、信頼の土台を厚くしていくイメージに近いでしょう。
「ありがとう」が言いづらい背景にある思い
頭では「ありがとうを言った方がいい」と分かっていても、実際に口にするのが難しい場面もあります。
そこには、いくつかの感情が重なっていることが多くなります。
代表的なものとして、次のようなものがあります。
- 照れくささ
- 自分が弱い立場になるような気がする感覚
- 相手に借りを作ったように感じる負い目
- 上下関係を意識しすぎてしまう気持ち
特に、長く続いている関係や、近い距離の相手ほど
「言わなくても分かっているはず」
「今さら改まって言うのも気持ち悪い」
と感じやすくなります。
しかし、言葉にしないまま時間がたつと
相手は「感謝されていない」と感じることもあります。
自分自身も「ちゃんと言えていない」というモヤモヤを抱えたままになりやすくなります。
いきなり大きな「ありがとう」を伝えようとしなくてかまいません。
「さっきは助かった。」
「気にかけてくれてうれしかった。」
このような短い一言から始めるだけでも、
心のハードルは少しずつ下がっていくでしょう。
「ありがとう」を口にすることが、自分を小さくする行為ではなく
自分と相手の関係をあたためる選択だと捉え直せると、
日常の中で使いやすくなっていきます。
「ごめん」と「ありがとう」が入れ替わると関係が楽になる
研究員メモ

同じ出来事でも、「ごめん」主体で受け取るか、「ありがとう」主体で受け取るかで、心の方向が変わります。
同じ出来事でも
「申し訳なさ」から見るか
「助けてもらえたこと」から見るかで
その後に続く感情が変わるでしょう。
「ごめん」が多いコミュニケーションは
自分を責めるクセを強めやすくなります。
一方で「ありがとう」が増えると
自分も相手も少し楽に呼吸しやすくなります。
ここでは
「ごめん」中心から「ありがとう」中心へ
視点を切り替えるポイントを整理していきます。

自己否定から感謝ベースに切り替える視点
何か失敗したと感じたとき
多くの人は反射的に
「迷惑をかけてしまった」
「自分が悪い」
という方向で物事を捉えがちです。
このとき心の中では
「自分の価値が下がったのではないか」
「嫌われたのではないか」
という不安も動いているでしょう。
ここで一度
視点を少しだけずらすイメージを持ちます。
- 相手はどんな行動で支えてくれたのか
- 自分はどんな点で助けられたのか
- そのおかげで何が軽くなったのか
このような問いを立てると
同じ出来事の中に
「感謝できる要素」も見つかりやすくなります。
「迷惑をかけた自分」だけを見るのではなく
「助けてもらえた自分」も同時に見ること。
その小さな切り替えで
心の中に生まれる感情が
罪悪感一色から
「申し訳なさ+ありがたさ」へと
少し柔らかく変わっていくでしょう。
同じシーンでの「ごめん」と「ありがとう」の使い分け例
イメージしやすいように
場面ごとの受け取り方を整理してみます。
たとえば「待ち合わせに遅刻したとき」。
ごめん主体の受け取り方
「また遅刻してしまった」
「相手の時間を無駄にした」
→ 自分を強く責める感情が前に出る。
ありがとう主体の受け取り方
「寒い中で待ってくれていた」
「予定を調整してくれた」
→ 相手が自分のためにしてくれたことに意識が向く。
ここで伝える言葉は
「遅れてごめんね。待ってくれてありがとう。」
のように両方あってよいでしょう。
大事なのは
自分の中の物語が
「失敗した自分」だけで終わっているのか
「助けてもらえた自分」にも触れているのか
という点です。
別の例として「仕事を手伝ってもらったとき」。
ごめん主体
「忙しいのに悪いことをした」
「迷惑をかけた」
ありがとう主体
「自分一人では間に合わなかったところを支えてもらえた」
「一緒にやってくれて心強かった」
このように、場面そのものは同じでも
どの側面を言葉にするかで
自分と相手の両方に残る感覚が変わっていきます。
図解 言葉が心と関係を変えるフローチャート
ここでは
「ごめん」と「ありがとう」が
心と関係にどう影響するかを
流れとして整理します。
イメージとしては
次のようなフローチャートです。

このように
言葉そのものだけでなく
その前にある「解釈」と「感情」の流れが
関係の空気を変えていきます。
「何でもかんでも『ありがとう』に言い換えればよい」
という話ではありません。
ただ
「ごめん」と「ありがとう」の両方を持ちながら
少しだけ感謝ベースに比重を寄せてみる。
その小さな調整が
自分の心も
相手との関係も
少し楽な方向へ動かしてくれるでしょう。
「ごめん」と「ありがとう」が足りないときに生まれる心のすれ違い

言葉にしないで察してほしいって思うほど、逆に伝わらなくなっちゃうんだよね。
仲が深くなるほど
「言わなくても分かるはず」
という期待が大きくなりやすいでしょう。
けれど
謝る言葉も
感謝の言葉も
口に出さないまま積み重なると
お互いの中に
「分かってもらえない」
「大事にされていない」
という感覚が少しずつ育っていきます。
ここでは
「ごめん」と「ありがとう」が足りないときに
どのような心のすれ違いが起きるのかを
整理してみます。
長い関係ほど「言わなくても分かるでしょ」が増える理由
一緒にいる時間が長くなるほど
お互いの癖や好みが読めてくるでしょう。
- こういうときは、きっとこうしてくれる
- このくらい言わなくても伝わっているはず
このような「分かり合えている感覚」は
安心感そのものでもあります。
その一方で
安心感と甘えが大きくなるほど
言葉を省略する場面も増えやすくなります。
- いつもやってくれているから、改めて「ありがとう」は言わなくてもいい
- このくらいのことなら、わざわざ「ごめん」と言うほどではない
本人にとっては
「当然」の範囲かもしれません。
けれど相手から見ると
「当たり前だと思われている」
「感謝されていない」
と感じるきっかけになりやすいでしょう。
長い関係ほど
言葉を減らしても大丈夫な部分と
あえて言葉にした方がよい部分の線引きが
大切になってきます。
「当然」と思っていることが相手には伝わらない現象
家の中や職場では
「やってくれて当たり前」
と見なされやすい行動が
いくつもあるでしょう。
- 家事や子どもの世話
- 忙しいときの仕事のフォロー
- 体調を気にかけるちょっとした声かけ
これらは
日常に溶け込みやすいからこそ
言葉にしないまま進みやすい場面です。
やっている側の心の中には
- 分かってくれているはず
- 感謝してくれているはず
という前提があるかもしれません。
ところが
相手の側では
- 自分ばかり動いている
- 頑張りを見てもらえていない
という感覚が強くなっている場合もあります。
「当然」の前提がずれたまま
謝罪も感謝も言葉にならないと
両方がそれぞれ
「自分だけが我慢している」
と感じがちになるでしょう。
小さな「ありがとう」や
一言の「ごめんね」がないだけで
同じ出来事が
負担として記憶されるか
支え合いとして記憶されるかが
変わっていきます。
謝罪も感謝も伝わらないとき、心の距離が広がるプロセス
謝るべきときに「ごめん」がない。
ねぎらいたい場面で「ありがとう」がない。
この状態が続くと
相手の心の中では
次のようなプロセスが起きやすくなります。
まず
「ちょっと残念だな」
という軽いがっかり感が生まれます。
それが何度か重なると
- やっぱり分かってもらえていない
- 自分の気持ちは大事にされていない
という解釈に変わりやすくなります。
さらに進むと
- 言ってもムダだろう
- 期待しても裏切られるだけだ
という諦めに近い感覚が
心の中に根を下ろしていくでしょう。
この「諦め」が増えるほど
本音を話す気力も落ちていきます。
結果として
- 表面的な会話だけになる
- 必要最低限の連絡しかしなくなる
- イライラや不満だけが蓄積していく
といった形で
心の距離が広がっていきます。
大きなけんかのきっかけは
一つの出来事に見えるかもしれません。
ただその背景には
「言われなかったごめん」
「聞こえなかったありがとう」
が何度も積み重なっていることが
少なくないでしょう。
完璧にできなくてもかまいません。
ときどき立ち止まり
伝えそびれていた一言を
少しだけ増やしてみること。
それだけでも
心の距離が開ききる前に
関係をゆるやかに戻すきっかけに
なりやすくなるはずです。
関係を楽にする「ごめん」と「ありがとう」の実践ステップ
研究員メモ

言葉の選び方を少し変えるだけでも、相手との関係の負荷は下がりやすくなります。
ここまでの内容を読んで
「たしかに分かるけれど、実際にどう変えたらいいかは難しい」
と感じている人も多いでしょう。
いきなり話し方をすべて変えようとすると
力が入りすぎて続きません。
まずは
「一日に一度だけ」
「一言だけ」
といった小さな単位から
試してみる方が現実的でしょう。
ここでは
今日から取り入れやすい
「ごめん」と「ありがとう」の実践ステップを整理します。
一日に一回だけ「ありがとう」を増やす小さな実験
最初のステップは
「ごめん」を減らそうとするより
「ありがとう」を少しだけ増やしてみることです。
大げさな場面でなくてかまいません。
- ドアを開けてくれた
- 重い荷物を持ってくれた
- 仕事で小さなフォローをしてくれた
- 家事の一部をやってくれた
こうした「日常の中の一コマ」に
一日に一回だけ
意識的に「ありがとう」を足してみます。
たとえば
「ごめん、手伝わせちゃって」
とだけ言っていた場面に
「手伝ってくれて助かった、ありがとう」
を一言足してみるイメージです。
最初は
少し気恥ずかしさが出てくるでしょう。
それでも
続けていくうちに
- 自分がどれだけ周りから支えられているか
- 相手も、自分の一言で表情が柔らかくなること
に気づきやすくなります。
「毎日完璧に」ではなく
「今日は誰に、どんなことでありがとうを伝えようか」
と考える小さな実験として続けてみるとよいでしょう。
「ごめん」+「次はこうする」をセットにする
次のステップは
「ごめん」を言うときに
一言だけ「これからどうしたいか」を添えることです。
謝罪だけで終わると
- 自分の中では自己否定が強くなる
- 相手の側も「また同じことになるのでは」と不安になる
といった状態になりやすいでしょう。
そこで
「ごめんね、待たせてしまって」
に一言だけ足して
「次からは、遅れそうなときは先に連絡するようにするね」
という形にしてみます。
他にも
「ごめん、言い方きつかった」
→「次は、もう少し落ち着いて話せるようにしたい」
「ごめん、任せきりにしてしまって」
→「来週からは、この部分は私も一緒にやるようにするね」
というように
「過去への謝罪」だけでなく
「未来への方向性」を一緒に置いてみるイメージです。
これによって
- 自分の中では「ダメな自分」ではなく「変わろうとしている自分」を感じやすくなる
- 相手にとっても「本気で関係を良くしたい意思」が伝わりやすくなる
という効果が期待できるでしょう。
完璧な約束でなくてかまいません。
「こうしたいと思っている」
というレベルでも
言葉にしておくことで
二人の間に小さな安心感が生まれやすくなります。
言葉が出てこないときの“ワンクッションフレーズ”
謝りたいとき。
感謝を伝えたいとき。
頭では分かっていても
いざ口を開こうとすると
言葉が止まってしまう場面もあるでしょう。
そのときに役立つのが
いきなり本題を言わずに
「ワンクッション」を挟むフレーズです。
たとえば
気持ちをうまく言えないときには
「ちょっとうまく言えないんだけど…」
「整理しながら話すから、少しだけ聞いてほしい」
と前置きをしてから
本題に入ります。
謝りたいときには
「さっきのこと、ちゃんと話したくて」
「一度ちゃんと『ごめん』を言っておきたいことがある」
と切り出してみる方法もあります。
感謝を伝えたいけれど
照れくさいときには
「直接言うのは少し恥ずかしいんだけど…」
「こういうの、あまり言わないタイプなんだけど…」
と自分の照れも含めて
そのまま言葉にしてしまうのも一つのやり方でしょう。
ワンクッションフレーズを使うと
- 完璧な言い方でなくてもよい
- 途中で言葉に詰まっても「今がんばって伝えようとしている」と相手に伝わる
という状態を作りやすくなります。
「ごめん」と「ありがとう」は
短い言葉ですが
その一言にたどり着くまでの
準備の一歩をどう作るかが大切です。
いきなり上手に言おうとするのではなく
- 一日に一度だけ「ありがとう」を増やす
- 「ごめん」に小さな「次はこうしたい」を足す
- 言葉が出ないときは、ワンクッションを挟む
この三つを
自分のペースで試していくことが
関係を少しずつ楽にしていく土台になっていくでしょう。
自分を傷つけずに「ごめん」と「ありがとう」を使うためのセルフケア

優しい人ほど、自分ばかり謝ってしまって疲れてしまうこともあると思います。
「関係を壊したくない」
「相手を傷つけたくない」
こうした思いが強い人ほど
無意識に「ごめん」を多用しやすいでしょう。
一方で
自分への「ありがとう」がほとんどないまま
相手への「ごめん」ばかりが増えると
心はじわじわとすり減っていきます。
ここでは
自分を傷つけずに
「ごめん」と「ありがとう」を使うための
セルフケアの視点を整理します。

何に対して謝っているのかを一度言語化してみる
まずは
「自分は何に対して謝っているのか」
をはっきりさせることが出発点になります。
たとえば
- 相手を長く待たせてしまったこと
- 約束の時間を守れなかったこと
- 言い方がきつくなってしまったこと
こうした「自分がコントロールできる行動」と
- 相手の機嫌が悪いこと
- 相手の過去の経験からくる反応
- 自分ではどうにもならない事情
とを分けて考える意識が大切になるでしょう。
すべてを「自分のせい」にまとめてしまうと
- 本来は相手の課題である部分まで背負ってしまう
- 常に自分が悪者役になってしまう
という状態になりやすくなります。
紙やスマホのメモに
「事実として起きたこと」
「自分の責任がある部分」
「相手や状況の事情」
と三つに分けて書き出してみると
少し客観的に整理しやすくなるでしょう。
そのうえで
- 自分の行動に責任がある部分には「ごめん」を使う
- 自分のせいではない部分には「ごめん」でなく「大変だったね」「どうしようか一緒に考えたい」など別の言葉を選ぶ
という切り分けを意識してみると
自分を過剰に責める癖が和らぎやすくなります。
「ありがとう」を自分にも向けてみる練習
「ありがとう」は
相手にだけ向ける言葉とは限りません。
自分に対して
小さく「ありがとう」を向けることは
自己肯定感を支える土台になっていくでしょう。
たとえば一日の終わりに
- 今日は仕事にちゃんと行けた自分
- しんどい中でも最低限の家事をこなした自分
- イライラしながらも、怒鳴らずに言葉を選ぼうとした自分
こうした点を一つだけでも見つけて
「ここはよくやった、ありがとう」
と心の中でつぶやいてみます。
慣れてきたら
ノートやスマホに
「今日、自分に言いたいありがとう」
を一行だけ書いてみるのも一つの方法でしょう。
- 誰かに譲った
- 我慢した
- 頑張りすぎた
という視点だけで一日を振り返るのではなく
「自分なりに工夫したこと」
「小さく前に進んだこと」
にも光を当てることで
「いつも足りない自分」から
「よくやっている自分」への
感覚のバランスが整いやすくなります。
謝罪と感謝のバランスが崩れているサイン
自分を傷つけないためには
「今、自分は謝りすぎていないか」
というサインに気づけることも大切になるでしょう。
たとえば、次のような状態が続いているときは
バランスが崩れている合図になりやすいです。
- 会話の中で、自分だけが「ごめん」と言っている
- 相手からの「ありがとう」や「ごめん」がほとんど返ってこない
- 何も悪くない場面でも、とっさに「ごめんなさい」と口から出てしまう
- 一日の振り返りが「反省」ばかりで、「よくやった」がほとんど浮かばない
こうしたサインに気づいたときは
- いったん「ごめん」を口にする前に、深呼吸を一回する
- 本当に自分の責任かどうかを心の中で問い直す
- その出来事の中で、誰かに「ありがとう」を向けられるポイントはなかったか探してみる
といった小さなステップを挟むとよいでしょう。
「ごめん」と「ありがとう」は
どちらも大切な言葉です。
どちらか一方だけが極端に増えると
心の負担も偏りやすくなります。
- 自分の責任にはきちんと「ごめん」を伝える
- 支えられた部分には、相手にも自分にも「ありがとう」を向ける
この二つの軸を意識しながら
言葉と付き合っていくことが
自分をすり減らさずに
人間関係を続けていくための
優しいセルフケアになっていくでしょう。
ことのは所長と考える 「ごめん」と「ありがとう」がくれる生き方のヒント
ここまで
「ごめん」と「ありがとう」が
心と関係にどんな影響を与えるかを
具体的に見てきました。
最後は少し視点を引き上げて
ことのは所長と一緒に
「言葉と生き方」の関係を
静かに整理していきましょう。
「ごめん」は関係を守るためのブレーキ
「ごめん」は
自分の行動が相手に与えた影響を認める言葉です。
- 傷つけてしまったかもしれない
- 迷惑をかけてしまった
- 相手の時間や労力を使わせてしまった
こうした点に気づいたときに
一度立ち止まるためのブレーキとして
働きやすい言葉と言えそうです。
適切な「ごめん」は
- 自分の振る舞いを振り返るきっかけになる
- 相手の怒りや不安を少し和らげる
- 同じことを繰り返さないための意識を生みやすくする
という役割を持ちます。
ただし
- 何でもかんでも先回りして謝る
- 自分が悪くない場面まで「ごめん」で埋める
この状態が続くと
ブレーキが常に踏まれたままのような感覚になり
心のエネルギーが消耗しやすくなります。
「ごめん」は
自分と相手を守るために使うブレーキ。
必要なときに
必要な分だけ踏むイメージを持てると
関係の中での負荷が
少し軽くなるかもしれません。
「ありがとう」は関係を育てるためのアクセル
「ありがとう」は
相手がしてくれたことに
光を当てる言葉です。
- 時間を割いてくれたこと
- 自分のために一手間かけてくれたこと
- さりげなく気遣ってくれたこと
こうした行為を
「見えない前提」にせず
「見える形」にするのが
「ありがとう」の役割と言えるでしょう。
感謝を言葉にすると
- 自分の中で「助けてもらえた」という安心が育つ
- 相手は「役に立てた」という手応えを感じやすくなる
- その関係をこれからも大事にしたい気持ちが強まりやすくなる
といった動きが生まれます。
「ありがとう」が少し増えるだけで
同じ日常の出来事も
「当たり前の積み重ね」から
「支え合いの積み重ね」へ
意味づけが変わりやすくなります。
「ごめん」がブレーキなら
「ありがとう」は
関係を前に進めるためのアクセル。
両方があることで
人との距離を
自分らしく調整しやすくなるでしょう。
「どんな言葉を増やして生きたいか」という問い
毎日の会話を振り返ると
口ぐせのように出てくる言葉が
いくつか思い浮かぶはずです。
- すぐに「ごめん」が出てくる人
- 照れくさくて「ありがとう」を飲み込んでしまう人
- どちらの言葉もあまり使ってこなかった人
どのパターンにも
その人なりの事情や歴史があるでしょう。
ここで大事になるのは
「どの言葉が正しいか」を決めることではなく
これから先
- どんな関係を増やしていきたいか
- そのために、どんな言葉を少しだけ増やしてみたいか
を静かに自分に問いかけてみることです。
たとえば
- 今までより少しだけ「ありがとう」を増やしてみる
- 本当に自分の責任だと思うときだけ「ごめん」を使う
- どちらの言葉も出てこないときは、「うまく言えないけど」と前置きしてから気持ちを伝える
そんな小さな選択の積み重ねが
いつの間にか
自分の周りにある空気や
関係性の質を変えていくはずです。
「ごめん」と「ありがとう」は
どちらも人間関係を支える大事な言葉。
そのうえで
自分はどんなバランスで
この二つの言葉と付き合っていきたいのか。
その問いそのものが
これからの生き方を
静かに形づくるヒントになるでしょう。
ことのは所長のラボノート

「ごめん」と「ありがとう」は、どちらも人と人との距離を調整するための小さな舵なのじゃよ。
どんな場面でどちらを選ぶか。
その積み重ねが、やがて自分がどんな関係に囲まれて生きていくかを形づくっていくのじゃ。


